「変わらないもの」の価値

ようやく夏らしくなってきましたね。久々に多摩川沿いを走ったら、気持ちのいい青空が出ていました。梅雨明けっていつなんだろう?

ここを走ると、夏にはいつも釣りをしているおじさんがいる。日よけに普通の傘をさしながら、足を川に浸してのんびり釣っていた。何が釣れるんだろう?

きょうは本当に暑くて、喉がからからにかわいてしまった。それでつい、「たぬきや」のことを思い出してしまった。

「たぬきや」は、稲田堤駅から多摩川の河川敷へ降りてすぐのところにあった飲食店だ。海の家ならぬ、「川の家」という感じだ。もつ煮込みとかおでんとかを売っていて、もちろん生ビールも飲める。この店を発見したのは、引っ越してきてから間もなくのことで、「どこかいいランニングコースないかな」とあたりを自転車でふらふらしていた、去年夏のことだった。

河川敷に店があることに面食らいつつも、中をのぞいてみた。中には畳の席があって、何人かが美味しそうにビールを飲んでいた。去年の夏は本当に暑くて(後日、気象庁が地球温暖化の影響を指摘した異常な猛暑だった)、その日も太陽がギンギンに照り付けて気を抜くとすぐぶっ倒れてしまいそうな熱さだった。でも店の中はひんやりとして静かで、ガラス張りの冷蔵庫の中で瓶ビールやジュースが気持ちよさそうに冷えていた。

早速、もつ煮込みと生ビールを注文して感動した…という話を書きたいのだが、実はそのときは何も買うことなく店を後にしてしまった。自転車で来てしまっていたから、「今度走って来て、一杯飲んでから電車で帰ろう」と企画していたのだった。しかし、その計画がかなう日は来なかった。一か月後くらいで、「たぬきや」は閉店してしまったのだ。

高校の時、数学の先生が言っていた。『人は「いつか必ず」と考えるが、その「いつか」が誰にでも訪れるとは限らない。』まったくその通りだと思った。

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そんなことをとりとめもなく考えながら走っていて、駅にたどりついた。そしたら、再開発で知っている店がたくさん取り壊されていた。

とくになじみの店があったわけではなかったが、びっくりした。昔ながらの八百屋さんとか、一回行ってみてもいいなと思っていた蕎麦屋さん。ここは奥さんと来たいなと持っていた小さなイタリアンの店。一店舗ではなく、通りごと消失してしまうというのはちょっとびっくりする。気を抜くと、町はどんどん変わっていってしまうんだなあと思った。

特に再開発に反対というほど、愛着がある通りではなかった。ただ、見ていて、「変わらない」ということも一つの価値なんだなという風に思った。

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