今日は、仕事でつくばへ。
TXに乗ってつくばセンターからバスに乗る。
バスは、本当は目的地に最寄りの停留所があったのだけれど、
ついつい懐かしさのあまり途中で降りてしまう。
たまたま早く着きすぎて、時間に余裕があったということもあるのだけれど。
たまたま早く着きすぎて、時間に余裕があったということもあるのだけれど。
「ループ」を歩くと、落ち葉がさらさらと上から流れてくる。
空は、どこまでも青い。
こんなにきれいな場所だったっけと、
なんだか、本当に不思議なことだけれど、少し泣きそうになった。
なぜだろう。
考えてみたら、ここに来るのは卒業して以来初めてなのではなかったっけ。
地震があって、卒業式もないままに、ばたばたとみんなと別れて。
働き始めて、そこからまたさらに本格的なばたばたになって。
どうしてこんなに長く来ることがなかったのだろうと最初は不思議に思っていた。
どうしてつくばマラソンにエントリーしなかったんだろう。
どうしてワンゲルの新年会に参加しなかったんだろう。
でも多分、そういう疑問を感じることもないくらい、余裕がなかったのだと思う。
つくばに最初に来て暮らした、
「平砂宿舎」(兄は未だに「収容所」と呼んでいる)を見にいく。
がくっとくるほど、何にも変わっていない。
相変わらず汚くて、雑然としていて、五角形で、自転車がそこかしこに散らばっている。
留学生らしき二人がこっちを見て、会釈をしてくれる。
さらさらと、ここにも落ち葉が優しく降り注いでいる。
その時はその時で、余裕は無かった。
冬山の計画書を書かなくてはいけなかったし、
相変わらず陸上では高校のベストを追い抜けていなかったし、
好きだった女の子に手紙を出しても、返事は帰って来なかった。
それでも、いろんな人と出会って、たくさんの事を感じて、
4年ぶりに訪れた場所には、確かに「懐かしさ」を感じることが出来た。
その「懐かしさ」そのもの、もそうなのだが、
それを「感じられる」ということにこそ、励まされるように思う。
今だって、それはたまには大変なこともあるけれど、
きっといつか、懐かしさを感じられるんだろう。
年を取るということは、ある意味では悲しいことだ。
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