加点方式でいきましょう

落ち込んでいる友人がいたが、なんと声をかけていいものか、分からなかった。
そこで、少し考えてみた「落ち込んでいる時にどういう考え方をしたらいいのか」を
書いてみる事にする。

自分が落ち込んでいるときを思い出したり、
誰かが落ち込んでいる時に話を聞いていて共通することが多いのは、
「減点方式」を採択している事だ。

「今の自分は、これくらいできなければ」
「こんなこともできないなんて」
という思考からは、
(理想の自分)ー(現状の自分) …(A)
という図式が浮かび上がってくる。

大切なのは、基準点が「理想の自分」か「現状の自分」のどちらに合わせられているか、だと僕は思う。

もし、(i)「理想の自分」に基準がおかれた場合(理想の自分=0)、
「現在の自分」は自ずとマイナスという事になってしまう。
この時、たとえ少し進歩しても、基準の0に届かずに自分はマイナスにいるから、
どうしようもない、と落ち込んでしまう。
(0は基準で、そこにいるのが「当たり前」なのだと思ってしまうから。)
このとき、(A)式は負となり、まるで自分が借金を背負っているような義務感が芽生える。

逆に、(ii)「現状の自分」に基準がおけたとき(現状の自分=0)、
「理想の自分」がプラスであり、1でも2でもそれは「進歩」だと捉えられる。
(0からプラスになるのだから。)
この時には(A)式は正となり、目標への距離だと捉えやすい気がする。

物理を考える時、ポテンシャルの基準は、考える人が任意でとってよいのである。
基準がどこにあるかを区別する事無く、
物理法則はいつも変わらずに世界を記述することができる。

迷った時には、今の自分を基準に取り直せば良いと思う。
これを、先人は「0からやり直し」と呼んだのだと思う。

「今、自分がいるべき場所」から「どれだけ自分ができないのか」を考える減点方式。
この考え方も、ある締め切りまでに、あるレベルまで達する必要がある時には有効だと思う。

けれども、もう自分のことが嫌いになるくらい、どうしたらいいのか分からない時には、
自分を0に合わせて、1でも2でもプラスに進む事を実感した方が良いような気がする。

何も有用なアドバイスはできないけれども、
落ち込んでいる友人に、”加点式思考の採択”を提案したい。

思い出してほしい。
私たちは、いつでも0に戻れることを。

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