新橋のマクドナルドで富豪にあった話

昔々、まだ大学生だった頃に、新橋のマクドナルドで富豪に話しかけられたことがある。東京でのとある研究所でのとある研修を終えた帰りだった。あまりに暇なので当時住んでいた茨城に帰らず、どこかフラフラと徘徊してみようという企画を(ひとりで)決行したのだった。

全く東京の土地勘などなく、東京駅近辺を歩けとも歩けども、ビルばかりしかなく、「なんだ、東京ってつまらないところなんだな」と思った記憶がある。

ふらふらしていると、やや賑わいのある場所に出てきた。気がつくと新橋の周辺に来ていたらしい。もう電車は動いていない。流石に疲れて来たので目に入ったマクドナルドに入った。若者たちでそれなりに混んでいた。オレンジジュースとポテトか何かを買って、適当に席でぼーっとしていた。10分くらい、することもなく外を見つめていたところ、急に、その富豪に声をかけられたのだった。

「君は今、何を考えているんだ?」驚いて振り向くと、歳をとり細い体をしてはいるが、日焼けして健康そうな印象の男性が、こちらを見ていた。「実は帰るところもなく、今夜の寝るところにも困っている有様なのです」とは答えず(芥川龍之介の『杜子春』という本は面白いのでぜひ読んでみてください)、「いや、特に何も…」みたいなつまらない答えをした。富豪は(正確には、のちに富豪とわかる男は)、「そうか。ところで君は学生なのか?」とさらに質問を重ねてきた。

特に怪しい感じはなく(真っ当な感じもなかったが)、ヤバイ人だったらすぐ逃げればいいやというのと、始発まであまりにも暇だったために我々は会話を続けた。自分が何を話したか記憶が定かではないが、研究の話とか、就活の話とかしてたのだろう。富豪は、自分の名前を「ゴム」と名乗った。

「実は金、GOLDを扱った商売をしているんだよ。金を海外で買い付けて、国内で売る。ここだけの話、かなり儲けたよ。最初は危険なこともあったがね。海外の地元では「ゴムニーニョ」って呼ばれてる。仲が良いヤツからはみんなゴムって呼ばれてる。」

頭から話を信じたわけでもなかったが、全くウソを言っているという感じでもなかった。いろいろ質問したが、あまり覚えていない。唯一、覚えているのが何かの置物のような小さな金属を見せてくれたことだ。

「金を取引するときに、どんな単位を使うか知ってるか?トロイオンスだ。だいたい30g。この置物は、ちょうど1トロイオンスというわけだ。」

この話には、ちょっと説得力があった。置物を手にとって、重さを感じてみた。なんとも言えない、微妙な重さだった。

「ところで、君は少し変わってるな。」と富豪は言った。そうでしょうかと答えた。すると富豪は少し笑って、マクドナルドのトレイに載っている紙を小さく破った。何かを書き込んで、私に寄越した。携帯の番号が書かれていた。

「私の番号だよ。お金が必要になったら、ここに連絡してくるといい。100万や200万なら、すぐに用意できるから。」

そう言って、ゴムニーニョ氏は席を立った。軽く手を振って、新橋のマクドナルドを後にした。(電車もすでにないのに、あの後どこに行ったのだろう?家が近かったのだろうか?)

暇そうにしていたのでからかわれたのだろうか?悪徳商法の一環だろうか?それとも本当に富豪なのだろうか?実はこのブログを書いている途中、携帯を検索してみたら、彼の携帯番号がメモリに残されていた。メモには、「研修の帰り、新橋のマクドナルドで会う。ゴムニーニョ。トロイオンス」とあった。

電話をかけてみようか、という好奇心が首をもたげたが、結局やめた。今のところ、かける予定はない。いま、どこで何をやっているんだろう。遠い国で金を仕入れているのだろうか。不思議な夜だった。

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